先日、父が他界しました。
自分は3度目の見舞いでした。
特に仲が良いわけではないのでめったに行かないのですが昨日はたまたま行ったら顔を見て5分後位に危篤状態に。
弟夫婦もいました。
母曰わく昼食を取るまでは話もしていたそうですが容態が急変したようです。
肺ガンが悪化してほぼ肺を塞いでいて本来ならかなり苦しいらしいのですがモルヒネで麻痺させている状態でした。
正直、死ぬ直前は目を当てられない姿でした。
集中治療室に入り取り急ぎ父方の親や兄弟へ連絡。
夜通しの長丁場になりそうだったので自分は病院のランチへ。
半分位食べると弟の嫁が来て呼び出しです。
食べてる場合じゃないと。
駆けつけると心電図は停止。
心臓マッサージや延命措置は取らないとの本人の希望でしたのであっさりとです。
幸いに死亡確認には立ち会えました。
個人的にはモルヒネ漬けで無理やり生かされているよりはさほど苦しまないで死ねたので死に方としては良かったのかなと思っています。
タイミング的にも兄は出張でいませんでしたが奇跡的に自分がいて母がいて孫と弟夫婦がいてと皆に看取られて逝けたので夜中に独りでとか母だけの時よりは良かったと思います。
母はちょっと前まで話をしていたので信じられない様子。
周りが動かないと事も進まないので手分けして関係各所に連絡です。
自分は先に帰宅しその後の準備です。
遺体は病院を出て一度家に立ち寄り式場へ。
母親は一晩は付き添っていたいとの事だったので自分は晩ご飯に弁当と夜食を買って式場へ。
食事を取ると交代で母は一度帰宅。
自分はテレビ見ながら一応線香を絶やさないように見張りです。
その後、母の妹が来て母も戻りしばし談笑。
個人的に暗い雰囲気が苦手なのである程度場を温めて帰宅です。
正直、病院では自分も泣きそうにはなりましたが人前で涙は見せたくないので我慢しました。
暴れん坊の姪っ子がいたので気が紛れて助かりました。
仲も悪いし振り返って楽しい思い出があるわけでもないのである程度割り切って考えていたのですが一応親なんでやはり多少は悲しいもんですね。
まぁ、生前にお互い伝えるべき事は伝えたので悔いはないです。
次の日は式場との打合せです。
ウィンドの予定でしたが写真や印鑑を届けた流れで打合せ参加する事に。
兄も弟も登場し特に自分がいる必要はなかったのですが次の機会の経験にもなるんで一応話を聞いておきました。
なかなか長い打合せでその後皆で昼食を取りちょっとだけウィンドへ。
帰ってからもまだ細かな決めごとがあるらしく兄は母と打合せ。
自分は甥っ子と遊んでました。
その後は2日ほど空けて通夜と葬儀です。
仕事を2日分巻で仕上げました。
葬儀は家族葬で身内がメイン。
小さい子がチョロチョロしていてあまり葬儀っぽくない雰囲気でした。
通夜の夜は式場に誰もいないのを良いことに甥っ子と棺桶の前の木魚を叩いて太鼓遊びしてました。
まぁ、父は自分の周りで孫が遊んでるのを見るのが唯一の楽しみだったのであの世で喜んでいるのではないでしょうか。
慣れない葬儀と通夜で疲弊しどっと疲れ体調を崩しましたがとりあえず一通り済みました。
後は諸々の名義変更や仏壇の準備等の手続きが残っていますが順次進めていくとしましょうか。
今回、身近な人間の死は初めてのことでした。
実家暮らしなんで同居していても父と全く会話はせずあいさつもしない関係でした。
一方的に嫌っていました。
生き方や性格が自分とは正反対だったので元々合わないんでしょうね。
定年迎えて仕事に行かなくなると日がな1日テレビを見ているだけで毎日それの繰り返し。
特に家の事をやるわけでもなく。
何が楽しくて生きているのか疑問に思う事もしばしば。
しかし、子育てや養育費の工面に奔走して家族の為に自分の楽しみは我慢したまま生きてきた結果なのかもしれません。
自分とは対照的な生き方ですがそれが本人にとってよかったと思える生涯であればいいのですが。
父は60歳と比較的若くして他界しましたが大事なのはどれだけ長く生きたかよりどれだけ密に生きたかだと思っています。
悔いの残らないように日々精一杯生きていきたいですね。